『「宣伝による洗脳の恐ろしさを感じた。日露戦争時にシベリアの収容施設に日本人捕虜がいたことは百科事典にも載っている事実。その当時は捕虜になることは恥ではなかったのだが、それが第二次大戦では、日本兵の多くが『捕虜になることは恥だ』と信じていた」「後になって調べてみると、四五年夏の終戦直前にも『米軍艦が沈没』『日本軍、勝利』といった見出しの新聞報道があった。報道機関でさえ大本営発表を垂れ流し、本来の機能を果たしていなかったのだ。最も気の毒なのは、沖縄の民間人だ。『米兵に捕まると殺される』と信じていて、多くが手りゅう弾で集団自決をしたり、岸壁から身投げしたりした」』
『キーン氏によると、恩地氏は数少ないインテリの捕虜だったという。「捕虜になったことを恥と思わず、偽名を使う捕虜が多い中、実名を堂々と名乗っていた。米軍に協力してくれた捕虜の一人だったが、それは米国のためではなく、この戦争を早く終わらせるためだった」と振り返る。ただ、戦後六十二年たっても恩地氏の心境は複雑なままだ。「狂気の戦争」だったとする一方、「米軍が三日でペリリュー島の戦闘は終わる、としていたところをわれわれは三カ月も粘った」「捕虜になるまでのニカ月間は飲まず食わずで頑張った」と、自らの戦いは肯定する。耳が遠くなり、キーン氏との会話はままならないが、最後にはこう言った。「何であんな戦争をしたのか…。日本人は何も知らなすぎた」』
この部分は、インタビュー記事の最後の部分だが、「日本人は何も知らなすぎた」というのは、現在の日本の指導者層を見ていると、今も同じような状況が続いていると思われる。なぜなら、米軍のイラク戦争に荷担しているからだし、閣僚の事ごとに発する発言はそれぞれちゃんとした高等教育を受けてきたのか疑問に思うような内容のものが多いからだ。マスコミも学者も官僚も政治家も国際情勢やイラク情勢についての分析が全くと言っていいくらい怠慢であるか、欠如しているか、考え方が偏向しているように思う。
自衛隊も国民の性向調査を行う前に、国際情勢の調査をもっと学術的に行うべきだ。やり方が旧態依然としている。もっと現代的な諜報活動をなぜ行えないのだろう。
内閣は気の合う仲間や派閥で固めるのではなく、異なった意見を持つ人間の集まりにすべきだ。世界を多角的に見ないとこれからの日本の進路を誤ることになるだろう。
マスコミも国民にもっと啓蒙的な報道を行うべきだ。イラクに報道記者を常駐させているのはテレビ局で何局あるだろうか?ヒョッとしてNHKだけではないのか?民放はフリーのジャーナリストに頼りっきりなのでは・・・?
とにかく、日本人は今でも世界の出来事について何も知らなすぎるというのは、今でもそのとおりなのだろう。外国で事故が起こると、「日本人は何人いました」というような報道の姿勢しか感じられないんだもの。これでは、自国にしか関心のない国民性は変わっていないと思わざるを得ない。それと付和雷同性の国民性も相変わらずだ。こんなのはお祭りの時だけでいいのに・・・。だから、パフォーマンスの上手な政治家にいとも簡単にだまされてしまうのだ。本当は国民が政治家をコントロールしてやらなければいけないのに・・・。
1 件のコメント:
大変重要なことがこのインタビューの中にみえます、「日本人は何も知らなすぎた」父もそうだったが、何も知らないで戦争に行き戦後苦労したという話をよくしてました、その苦労の中で生きる知恵をつかんだようです、よく言っていたのが健康第一、以下は学業・経済等です、戦争の時を思えばぜいたくは言ってられない、物を捨ててはならない何かの時に役に立つからetc・・・ところで組織からの情報を鵜呑みするのは危険、自分自身で情報を分析する能力を養うべきだと思います、それには何事に対しても疑問をもって多面的に情報に接すべきだと思います。
コメントを投稿