水曜日, 11月 29, 2006

日の出

久しぶりに朝日の昇るところを土手から見ることができた。
快晴でもなかったので、輪郭のハッキリした大きなオレンジ色の太陽を見ることができた。
このごろ、河原で練習しているラグルスとやらのチームが河に落っことしたボールを拾ってやるのがつまらない一つの楽しみになっている。今日も一個河の中から拾い上げた。まぁ、その都度運動靴やズボンの裾を汚してしまうが、若い者があきらめたものを取り上げることに密かな楽しみを見いだしている。いつだったか、ボールを返してあげたら「とってもありがとう」といった女子学生がいた。
昨日、弟夫婦が名古屋の転勤先へ出発したので、空っぽになった1階の部屋に焚いていったベープとやらを散歩のあとに片づけてゴミに出し、部屋の空気を入れ換えた。
もう一つ、娘がかかりつけの病院を変えたので、調べたら親父の昔の知り合いだった。最も2人とも現役からはとっくに引退しているのだが、親父は土産を持って挨拶に行ってくれた。私はその間、午眠をむさぼっていた。

金曜日, 11月 24, 2006

人生の通過儀礼

今日、娘の結婚式があった。
籍は先月すでに移してあったのだが、人生の通過儀礼としての結婚式を今日行ったわけである。
不思議なもので、こうした通過儀礼を行うと一区切りがついたという感じがわいてくる。入籍しましたと報告を受けたときとは、ちょっと違う感情を経験する。式場は、川崎の稲毛神社であった。両家族だけの小人数で行った。
新郎新婦の知人たちとは、明日、三軒茶屋の以前から懇意にしていた店で、40人ほどで集まってパーティーをする予定だということだ。
まぁ、親としてはホッとしたと同時に一区切りついたという感じだ。でも、もう一人お後が使えている。こちらも早いところ区切りをつけてもらいたいものだ。

木曜日, 11月 23, 2006

忙しいという字

娘の結婚相手の親御さんが、おばあちゃんに式場で会えないというので挨拶に来た。明日が結婚式である。着ていくものなどを引っ張り出してきて用意をしたつもりだが、以前より要領が悪くなっていると自分で感じた。思うように物が揃わないときに次の行動がぱっと頭に浮かんでこないのだ。久しぶりに戻ってきた次女がアドバイスをくれた。
引っ越しの準備で忙しい弟夫婦に、選別を上げるのをすっかり思い浮かばないでいた。今年85歳になる母親にアドバイスされて、慌てて渡しにいった。いつまでたっても年の功というわけだ。
忙しいときには、とかくこころを忘れるというのがこの字の示すところだ。全くその通り。
それでなくとも、散歩ばかりで過ごし、合間に読書する生活を続けていると、世間の常識などすっかり忘れてしまっているし、人への心使いもできなくなっている。

水曜日, 11月 22, 2006

健忘症とコミュニケーション

最近健忘症に陥っているようである。
娘の結婚式について、ちゃんと事の次第を覚えているつもりでいても、実はそうでないらしい。今日はそれでバタバタしてしまった。でも、まあ、自分で納得できたのだから、周りの人に迷惑をかけたとしても良しとしよう。
弟夫婦の引っ越しと、娘の結婚式が続いてしまうので、私の頭の中は混乱気味だ。
義妹が娘の結婚式の日の朝、赤飯を炊いてくれるそうだ。ありがたいことだ。でも、当日の朝は忙しくなった私だ。
それにしても、私はいい歳をして人とのコミュニケーションの能力が少しも発達していない。困ったものだ。

木曜日, 11月 16, 2006

丹沢の珊瑚の化石

丹沢に珊瑚の化石があるというのをNHKテレビで紹介していた。
1200万年以前のものだそうで、南海にあった孤島が衝突して山になった証だそうだ。
きれいな模様を見るには、切断して研ぎ出さないといけないらしい。
うーん、そうした作業は、博物館にやってもらうのが一番だろう。

日曜日, 11月 12, 2006

多摩川の河原の小石

いままで、形の丸っこいものを拾ってきていたが、形は変でもいろいろな種類がありそうなので、そうしたものも拾ってみることにした。
さて、「かわらの小石の図鑑」(千葉とき子・斎藤靖二著)によると、多摩川の河原で拾えるものには次のようなものがあるそうだ。
石英閃緑岩・凝灰岩・礫岩・砂岩・泥岩・チャート・石灰岩 etc.
拾ってきたものを本の写真と照らし合わせてみても、なかなかわかりにくい。
いずれにしても、2億5千万年から2千3百万年前ぐらいにできたものらしいことはわかってきた。いずれも、海底でできて日本列島にせり上がってきたものらしい。
こんな石ころが、私に比べたらなんと遙か昔から存在していて、私の死後もずっと存在しているのだろうことは間違いない。うらやましい限りだ。

木曜日, 11月 09, 2006

白い富士山

昨日から、散歩の途中に見える富士山が白い姿になっていた。
朝はひんやりとした空気を感じるようになった。
今週は、多摩川の河原に転がっている石をいくつか拾ってきたが、なかなか気に入るようなものが見つからない。最初の頃のが今日拾ってきたものより気に入っている。
河原の石ころと、ローズクォーツや紫水晶の玉と並べてみると、パワーストーンの特別な輝きが際だって見える。

月曜日, 11月 06, 2006

復活「月刊アスキー」

先日、新装なった月刊アスキーを店頭で見たが、案の定、ビジネス記事が主なものになっていた。うーん、今の私の興味からははずれた雑誌になってしまったなぁ!
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夕刊フジBLOG 復活「月刊アスキー」の野望 (2006.10.24紙面掲載)
 パソコン黎明期の1977年に創刊され、日本のパソコン・ジャーナリズム界をリードしてきた専門誌「月刊アスキー」がこの7月に休刊、きょう24日、“ITビジネス誌”として復刊した(表紙写真)。
 名前は「月刊アスキー」のままだが、従来のメーンだったパソコン製品紹介記事などは前面から消え、代わりにビジネス系の記事やコラム、インタビューなどがずらりと並ぶ。

 復刊第1号の特集も、ブログに多く登場する企業名上位500社を一挙掲載した「ブログ感度上場企業ランキング500社」、第2特集はきょうから始まった携帯番号ポータビリティーに照準を合わせた「ケータイ3キャリアの通信簿」―といった具合だ。
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 劇的な刷新の背景には、部数減と広告減がある。従来のパソコン誌読者は、より速い情報を求めて雑誌からウェブサイトに移行、これに引きずられる形で広告主もウェブに重点を置き始めた。月刊誌では、この速い動きに着いていけず、月刊アスキーの部数も今年春ごろから4万部(公称)に落ち込んでいた。
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 新雑誌のキーワードは『ビジネスとITのギャップを埋める』。「たとえば30代から40代前半のビジネスマンには、今後ますますITの知識や、ITを生かしたビジネスプランの提案が求められます。そのための役に立つ雑誌、というのが当初のコンセプトです」(小林氏)
 新雑誌の目標部数は10万部。パソコンマニアの“聖書”だった「月刊アスキー」が、ITで出世を目指すサラリーマンの“福音書”に変わるか、注目したい。(2006.10.24紙面掲載)
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 サラリーマンを卒業してしまった私には、結局縁遠い雑誌になってしまった。

木曜日, 11月 02, 2006

いじめが自殺につながる日本の「空気」

依然として、小中学生のいじめが原因による自殺が無くならない。
学校の隠蔽体質や、教師自身によるいじめへの参加、この国はどうなってしまったのだろうか?
今日のニュースで、政府の進める教育改革の地方集会であらかじめ質疑応答の指示書が政府から地方の教育委員会に出されていたことが報道されていた。
教師もその指示道理の質問を集会で行っていたのには、唖然とするばかりであった。
社会全体がこんな調子なのである。企業とても例外ではない。
ケータイの新参者であるソフトバンクはかってのBBフォンの二の舞を演じて、動じない。
日本の村社会的構造の悪いところばかりが残っているようだ。

いじめが自殺につながる日本の「空気」ーNBonline
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20061031/112784/

我慢させることの罪

 「頑張る」は聞こえがいいのですが、僕にしてみれば要は「我慢する」ことです。教育は本来その子の個性を見いだし、それに合った環境を提供し、本来の才覚を伸ばすことにあります。だから孟子のお母さんは、3回も住居を引っ越して子供に合う環境を見つけ出したのです。

  岐阜の少女が自殺した本当の理由を、他人の僕が知る由はありません。親御さんは自分の 子供を守るために必死に努力したと思います。それが届かなかったのはなぜか。個別の理由 は、一言では言い尽くせないものがあるはずです。

SHISHAMOとジャズのリズム

SHISHAMOの武道館でのライブを記録した,ブルーレイディスクを聞いている。SHISHAMOの曲の詞はメロディーに乗せるのがジャズのリズムになっている気がしてしょうがない。そう,これらの詞はジャズのインプロビゼーションそのものだ。